自己紹介
元トラック運転手、超ブラック企業出身で遊びと自由を得るために脱サラ。
こんにちは!アラフォー男子のユウダイです!
僕は現在、好きな時間に働く自由気ままな生活を送っています。
ブログサイトを複数運営し、その実績は月収7桁を6ヶ月連続達成、最高月収は267万円という結果を出しました。
起業家の友人から仕事の依頼(クライアントワーク)も受けており、楽しく協業しながら収益をあげています。
さらにこれまでに培ったノウハウを活かしブログコンサルタントとしても活動しており、現在は独立して法人の代表を務めています。
遊びと仕事の両立
をコンセプトにし、どちらか一方を我慢するのではなく、どちらも全力で楽しむ人生を掴むための情報発信をしています。
- 好きな時間に起きて作業したり
- 毎日子供の迎えに行ったり
- 気分が乗らない時はサボったり
- コメダでコーヒー飲みながら仕事したり
- 旅行先で仕事したり
こんな調子で、その時の気分次第で、ゆるく働く時とガッツリ作業する時を使い分けたりして生活しています。
〜何もしない日、割と大事、脱力こそ活力になる〜 byケツメイシ
僕はいつもサボる時はケツメイシの歌詞を自分に都合よく解釈しています!笑
今ではこうして仕事をする日と家族と過ごす日、友達と遊びにいく日を自分の気分次第で決められるようになりました。
今でこそこんな自由な生活を送っていますが、もちろん最初からこうだったわけではありません。
ブログに出会っていなければ自分にコンプレックスを抱いたままの人生だったと思います。
だらしなかった頃の昔話にもう少しだけお付き合いください。
挫折の繰り返しだった20代
僕は地元の工業高校を赤点まみれの中、担任の先生のおかげでなんとか卒業しました。
学生時代の僕は、部活のサッカーと当時付き合っていた彼女と遊ぶ為だけに生きていたと言っても過言ではないくらい勉強が嫌いでした。
どうにかなる精神で、努力するのが嫌いだった僕はなんとなくな人生に流されながら生きてきました。
自分なんて所詮こんなもんだよ
当時の僕はこの言葉が口癖で自分の可能性を自ら閉ざしていたような気がします。
高校卒業後、ラーメン屋でアルバイトしていた僕は、21歳で新店舗の店長に昇進しました。
しかし、経営の知識がなく「おいしいラーメンだけで成功する」と過信していたため、店は赤字に。
朝から深夜までの激務で休みもほとんどなく、6時間の睡眠を確保するのがやっとでした。
この厳しい労働環境から過度のストレスを感じ、結果的にうつ病と診断されました。
その後、約1年間は実家にお世話になりながら療養します。
なんとか体調も復活し回復後は
- 興味があったスノーボードを極めたいという理由でスキー場に住み込みで働いたり
- 仕事を取れば稼げるという謳い文句につられ不動産の営業になったり
- 時給が高い&パチンコが好きという理由でパチンコ屋さんの店員になったり
などと、先の事を深く考えずに職を転々としていました。
そして金銭的に困窮してしまい、パチンコに頼ってしまう自分もいました。
「勝ったら家賃を払う」と思いながらも、結果は逆で、さらに多くの借金を抱えることに。
消費者金融からの借り入れや、市県民税の滞納まで…。
厳しい状況でもタバコは止められず、携帯料金さえも払えないという、自分でもがっかりするような生活を送っていました。
そしてお金を稼ぐために昼はパチンコ屋の店員、夜は新聞配達のアルバイトという生活を始めます。
「こんな生活をあと何十年やれば借金終わるんだろ…」
長いトンネルのような時期を過ごし、まるで漫画のカイジのように感じていました。
その時、現在の妻と同じ地元の同級生として再会し、20代後半の同窓会をきっかけに交際が始まりました。
結婚を考え、僕はマンションを売却して地元の工場で働きましたが、4年後には人間関係のトラブルで辞職してしまいます。
妻と家を建てる計画を進めていましたが、ブラックリストに載っていることが判明し、銀行融資が受けられなくなりました。
その時の妻の悲しむ姿は今でも忘れられません。
自分の過去の行動を痛く反省しました。
その後、新しく始めた仕事はトラック運転手でした。
工場の時の給料と同じくらいもらえて、しかし人間関係に左右されない、何の取り柄もない僕が稼ぐにはトラック運転手だ!と。
工場時代の給料と変わらない給料を得られる上、人間関係に悩まされることがないので、私にはピッタリの仕事だと感じていました。
しかし仕事内容があまりにもキツすぎたのです。
住宅用建材を現場に運ぶという仕事だったのですが、多い時には総重量4トンの荷物を自分の体だけで運ぶのです。
夏場には何度も熱中症にかかったこともあります。
会社の決まりで高速道路が使えない為、朝方3時頃にはトラックに乗り込み、クタクタになりながら家に帰るという生活でした。
唯一の休みである日曜日も疲れが取れず、連休もないため満足に子供と遊んであげることもできません。
この調子で50代、60代を迎えても体が持たないんじゃないかなといつも漠然とした不安を抱えていました。
「仕事を変えたい!…けど収入を減らすわけにはいかない」
どうにもできない現実にジレンマを抱いていた、そんな時に出会ったのがブログだったのです。
ブログとの出会い
僕は両学長のYouTubeをきっかけに『ブログ』という存在を知ったのでした。
ブログの魅力に惹かれ、有名ブロガーの動画を夢中で漁り勉強しました。
お金もなかったので友人から使っていない古いパソコンを安く購入しセットアップを終えブログスタート!
…と、思っていましたがこれが想像以上に進みません。
- 「そもそも何をすればいいんだ?」
- 「…ワードプレス?」
- 「YouTuberの人達がおすすめしているプラグイン、全部入れちゃダメなの?」
- 「ドメインとサーバーは何が違うんですかぁ!?(怒)」
- 「というか何について書けばいいの!?(泣)」
と、まぁこんな調子で頭の中はパニックです。笑
元々パソコンを持っていない僕からすれば横文字だらけの時点でギブアップ!
さらには1記事仕上げるのに10日ほどかかり、こんな調子では一体いつ稼げる様になるのだろうかと悶々としていました。
ブログキツすぎない?
ってかこれ無理じゃない?
当時の僕の本音がこれでした。
そして僕は早々に誰かに教わりたいと思い始めます。
「そういえばメールマガジンで何か言ってたな…」
そんな事を思い出し、早く誰かに教わりたかった僕は登録していたブログYouTuberの方にすぐさま連絡をしてみました。
突然すぎるお願いに一度は断られてしまいますが、翌月からなら大丈夫!という返事をもらいそのままコンサルを申し込みます。
早くブログを習いたくて仕方がなかった僕は、コンサルが始まるまでの時間がとても長く感じ、今か今かと待ち侘びながら寿司打でタイピングの練習。(大体500円〜700円のマイナス)
こうしてブログが本格的にスタートしていきました。
過去のダメな自分と決別
そうしてブログを始めてからは無我夢中で勉強、実践を繰り返しました。
専用の椅子やテーブルもなく、嫁に内緒で始めたので段ボールの上にパソコンを置いて実践していました。
もともとパソコンが苦手な僕でもコンサルを受けたおかげで初期設定などはスイスイ進めることができたのです。
やっぱり誰かに教わりながらだとこんなにも楽なんだ!と同時にもっと早くからお願いすればもっとよかったのになとも思いました。
そしてついに記念すべき始めての記事投稿です。
アクセスは1日に3アクセスきており、朝の僕と、昼の僕と、夜の僕。
アクセスが少ないですが、それでも自分が書いた記事がこうしてインターネット上に載るというのはとても面白いなと感じました。
ブラックリストが原因で嫁からの扱いが犬同様だった僕にとって、過去のダメな自分に戻りたくない一心で頑張ってきました。
ただ現実はそんなに甘くなく、なかなか稼げない日々に悶々としたり、タバコをやめたことによるストレスもマックスに。
「やっぱ俺には向いてないかな…」
「そもそもパソコン触ってこなかったし…」
「ブログはオワコンとか聞くけど本当に大丈夫なのかな…」
こんなネガティブな想いがぐるぐると頭の中を駆け巡っていました。
それでも必死で実践し続けた結果が今の僕です。
当時の僕は副業をやっている自分に酔っていたこともあり、それが功を奏してブログに没頭できたなと思っています。
大好きだったゲームをキッパリと辞めてゲオにプレイステーションを売りにも出しました!
スマホに入れていたゲームも全てアンインストール、変わりにブログの為になるアプリやYouTubeでインプット。
無駄なお金を使わないためにもタバコもキッパリとやめました。
ちょっとMな気質がある僕はあえて自分を追い込むことで自分自身を鼓舞していました!
こんな感じで夢に向かって頑張っている自分が好きでしたし、「ブログなんで稼げないよ」ってイジってくる同僚に対して格好つけたかったからです。
これまでの人生で「本気でやりたい事」が見つからなかった僕にとって、ブログは初めて本気になれたものだったのです。
もちろん楽だったわけではありませんよ。
トラックの運転手をしていましたので早い日は朝3時には出勤、夕方6時頃家に帰りヘトヘトになりながらブログを書くなんて日も。
それでも自分だけの力でお金を稼ぐことが楽しかったし、何よりブログの可能性を感じることができたから継続できていました。
徐々にアクセスが集まり始める
そうしてコツコツと実践を続けていき、記事が増えていくうちに10人、20人、50人とアクセスも増えていきます。
ブログの面白いところはこうした数字がハッキリと見えるところにあります。
アクセスが集まりだすとモチベーションも上がりさらに記事を書いていく。
記事が増えればさらにアクセスが増える。と、いった好循環なループに入っていけるんです。
そしてついに収益が発生し始めました…!!
ブログを始めて5ヶ月で19万円達成
上の画像を見てもらえればわかるように、始めて3ヶ月までは収益は447円です。
1人でコツコツ続けるのが苦手な僕にとってメンターという存在はとても大きく、またブログは0→1が一番キツイと言われています。
誰にも教わらずに僕1人の独学でやっていたら恐らくブログは辞めていたでしょう。
「本当にこれで良いのかな?」
「やっぱブログはオワコン?泣」
こんな思いを巡らせては他の副業に手を出していたと思います。
それだけ人に教わるという事はとても価値のある、成功するための大事な一歩(プロセス)なのです。
1年後には100万円を達成
実際に稼げるようになってからはいよいよブログの更新が楽しくなっていきます。
毎日更新してください!
と口すっぱく言われてはサボってしまう僕でしたが、気が付けばブログをやらないと落ち着かない…そんな状態になっていきます。
そうなればこっちのもの。
朝起きて歯磨きをするように、仕事が終わったらブログを書くというルーティンが出来ており、書けば書くほど稼げるのでどんどん更新していきます!
そしてついに月収が100万円を超える月も。
①¥843,595(Googleアドセンス)➕②¥520,429(他社広告)🟰1,364,024円
これはほんの一例です。(他にも複数の他社広告を入れています)
実際この時の僕は6ヶ月連続で7桁の収益も上げています。
収益は右肩上がりで伸びていき、最高月収263万円を達成した月もありました。
日付 | 更新数 | 月間PV | 収益 |
2022年11月 | 35 | 3,020,649 | ¥1,431,535 |
2022年12月 | 29 | 2,198,370 | ¥1,109,596 |
2023年1月 | 33 | 2,922,691 | ¥1,521,108 |
2023年2月 | 42 | 5,285,094 | ¥2,635,116 |
2023年3月 | 34 | 1,723,542 | ¥1,142,393 |
2023年4月 | 40 | 1,954,337 | ¥1,015,593 |
現在もブログコンサルタントをしながら片手間でサイト運営を行い、コンスタントに月収100万円前後の安定的な収益を上げています。
ブログはまだまだオワコンなんかじゃありません。
- 在庫を持たない
- 場所を選ばずできる
- ローリスクで始められる
- 得られるのはお金だけじゃない
正しい知識とやり方で実践していれば結果は出せます!
お金以外の大事なものを得る
そんな僕がブログで得たものはお金だけではありません。
ガミガミうるさい上司もいない、行きたくもない飲み会に参加する必要もない、膨大な仕事量に追われる心配もない。
何より一番幸せだと感じることができるのが家族との時間でした。
週6で働き日曜日しか家にいなかった僕にとって、かけがえのない産物です。
自然と嫁との会話も増え、家族の雰囲気も良くなりました。
今では使えるお小遣いも増え、帰りに友人と飲みに行ったり、夜中にネットフリックスで海外ドラマを一気見したりもできます。
平日に休みをとって熱海にフラっと家族旅行にいったりもOK。
気の合う起業仲間と新しいビジネスを始めたりもできます。
会社員の時は月給を減らすことができず目の前の仕事をやる以外の選択肢はありませんでした。
だけど今は
お金の問題が解消=自分の時間を自由に使える
そうなるとやってみたいことが山ほど出てくるんですよね!
- 同じ境遇の人にこの生き方を伝えたい
- WEBをもっと学びビジネスの幅を広げたい
- 過疎化が進んでいる地元をWEBの力で盛り上げたい
- お金に縛られない生き方をしていきたい
- FIREして自由に海外旅行に行きたい
- 不労所得がいっぱい欲しい・・・!
その中でも一番強く感じているのが
同じ境遇の人にブログで稼ぐ方法を伝えたい
こう感じています。
なんの取り柄もない僕がゼロから始めたブログ。
ブラックすぎる会社に嫌気がさして、転職したくても目先の給料を下げる訳にはいかず、ずるずると過ごす日々。
年だけを重ねてしまい半ば諦めかけていた時に僕はブログに出会いました。
家族や生活のためにやりたくない仕事を続けるのであれば一緒に人生を変えてみませんか?
もし月に5万円でもブログで稼げるようになればどうでしょう、選択の幅はグッと広がりませんか?
やりたくない残業に追われることもなくなります。
やろうと思う人は10000人。
行動する人は100人。
継続する人は1人。
まずは一緒に100人になって行動を起こしてみましょう!
そして継続する1人になった時、きっと違う景色が見えているはず。
無難な人生に収まらず、自分の可能性を広げてみましょう。
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